2013年6月16日日曜日

作品の紹介

2003年の春に、日本の被爆者が被爆してから60余年後に「私の病気を原爆症と認めてほしい」と、日本政府相手に全国の地方裁判所17箇所で訴訟を起しました。世にいう原爆症認定集団訴訟です。

  国は裁判で負け続け、高等裁判所まで含めると原告被爆者たちは29勝。裁判史上過去に例のないことです。日本の裁判官たちは原告被爆者たちの主張を認めて、政府厚労省に対し、被爆者援護法にもとづいて幅広く原爆症と認めて必要な援護策を講ずるようにとの判決を下したのです。追いつめられた国は、原爆症認定基準の見直しを迫られ、一定の改善をしました。ですが、いまだ司法が下した判断には従わず、「原爆症と認めてほしい」との被爆者たちの声を無視し続けています。
 
   作品は、集団訴訟にいたる経過からその終結までを追いながら、原告被爆者たち、弁護士、証人となった医師や科学者、そして判決を書いたもと裁判官たちへのインタビューを丹念に重ね、ときに図入りの動画で次のようなテーマを平明に紹介して行きます。

 ★原告被爆者たちが集団訴訟に立ち上がらざるを得なかった背景。
 ★放射線の人体への影響。
 ★裁判所で、原告、弁護士、証人となった医師や科学者たちがとった方法。
 ★裁判官はなぜ、原告被爆者の主張を認めたのか。
 ★集団訴訟解決のために日本政府と日本被団協が結んだ「確認書」とは。
 ★政府は被爆者の救済になぜ消極的なのか。
 ★集団訴訟は、福島原発後に生きねばならぬ人々にとって、どんな意義があったのか。
 
  製作は、集団訴訟を支えた弁護士有志が中心となった原爆症認定集団訴訟の記録製作委員会。脚本と監督を、2011年の「原爆症認定集団訴訟の記録 にんげんをかえせ」の有原誠治。作品に挿入された曲は、集団訴訟の集会などでよく歌われた「折り鶴」(作詞作曲:梅原司平)。映像の中の合唱は、三多摩青年合唱団。
 2013年4月完成、7月に試写会で公開され、同時にDVDが販売。

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